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大阪高等裁判所 昭和50年(ネ)1914号 判決

控訴人

笠屋ビル有限会社

右代表者

崔寅柱

右訴訟代理人

吉田訓康

控訴人補助参加人

崔寅柱

右訴訟代理人

吉田訓康

被控訴人

朴漢植

右訴訟代理人

曾我乙彦

外二名

主文

原判決を取消す。

控訴人の訴(第三者異議の訴)を却下する。

控訴人の予備的請求(不当利得返還・損害賠償請求)を棄却する。

訴訟費用中控訴人と被控訴人との間に生じたものは第一、二審とも控訴人の負担とし、補助参加人との間に生じたものは補助参加人の負担とする。

事実

第一申立

一、控訴人

原判決を取消す。

被控訴人が、崔寅柱に対する大阪地方裁判所昭和四二年(ワ)第五一六八号原状回復等請求事件の仮執行宣言付判決正本に基づき、昭和四七年七月二五日別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)についてなした強制執行はこれを許さない。

仮に前項の請求が認められないときは、被控訴人は控訴人に対し金九五三〇万円とこれに対する昭和五〇年一〇月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決と仮執行の宣言。

二、被控訴人

本件控訴ならびに予備的請求をいずれも棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

第二主張

左に記載するほか、原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

(控訴人の主張)

一、本件建物が控訴人の所有に属することについて。

(一) 本件建物は、控訴人代表者である崔寅柱(以下崔と呼称する。)ほか二名が共同出資して貸ビル業を目的とする株式会社を設立して、その会社所有とすべく、その設立準備段階ともいうべき極東ビル(極東建設)株式会社(未登記)を実質上存立させ、その会社財産によつて建築してきたものである。ところが、右社名はゴクドウと呼ばれることもあり、その変更を考慮していたが、すでに対外的にはその名称で建設資材や什器備品の購入、工事請負契約等をすべて済ませていたため、会社設立登記の段階で社名を改めればよいと考えていたところ、崔は技術者であり、他の二名とともに法的知識にうとく、設立登記も建物の完成後でよいとの考えから、未登記のままでおいたのである。

その後、一応、本件建物の地下一階と一階の一部が完成した昭和三九年頃、社名を東洋観光ビル株式会社と改めて設立登記の準備にかかつたところ、同一社名がすでに存在するということで登記ができず、次に笠屋町ビル株式会祉で登記しようとしたが、株式会社の登記には、数ケ月を要すると聞き、有限会社組織として、昭和四一年八月二二日に控訴人会社の設立登記を了したのである。

右のように控訴人は早くから実質上存立していたのに拘らず、その登記手続の遅れから、本件建物についてもその名称で建築確認申請や工事受註がされていないのに過ぎず、その建築資金はすべて控訴人の資金によるものであり、現にその発注および支払は、前記極東ビル(極東建設)株式会社又は東洋観光ビル株式会社名義でなされている。

(二) 本件建物の建築確認申請を崔個人が日本名「花田清一」で受けているが、それは、実質上存在する極東ビル(又は建設)株式会社の名が芳しくないためやむを得ず、個人名義でしたものであるが、その際、崔の名ですることによつて共同出資金を崔個人が私物化するなどの疑念を差し挾まれることを防ぐため、わざわざ印鑑証明書のとれない日本名でしたものである。

(三) 控訴人の設立登記は昭和四一年八月二二日である。これに対し、本件建物は、地下一階と一階の一部は昭和三九年九月頃完成したけれども、その他は現在に至るも完成しておらない。二階から六階までができたのも昭和四四年一一月以降である。同年一一月中には工事中であつたことを被控訴人も自認している。原審で控訴人代表者が昭和四〇年頃完成したと述べたのは、地下一階部分のことをいうたものである。

仮に登記簿上保存登記ができる程度に完成していたとしても 設立準備中の会社はその名義で保存登記をするに由なく、実体上は将来設立されるであろう会社の所有物件であるとの構成も不可能ではないのであつて、少くとも、社会通念上控訴人会社設立設立の段階で完全に本件建物が控訴人の所有となつたと考えるのが妥当である。

なお、本件建物の地下一階と一階入口部分の昭和四〇年五月八日付店舗賃貸借契約書第九条は、本件建物を控訴人名義とすることを明確にし、当時その賃借人和田良馬もこれが会社所有たることを認める発言もしている。

(四) 被控訴人は乙第四号証を援用して、控訴人および崔が本件建物が崔の所有であることを相互に承認していると主張する(原判決事実摘示被告の主張〔第一〕の(三))。しかし乙第四号証の作成は次の事情によるものであるから、同証の記載は本件建物の所有権帰属の資料とする価値がない。

昭和三九年頃、崔は時価八万円の猟銃を盗つた、宅地造成代金五〇〇万円を横領したなどと誣告され、その影響は控訴人(前記のとおり当時未登記であり、極東ビル株式会社の名称で営業中)に及んだ。そこで崔は、会社のためにも本人自身のためにも会社から引き下ることにし、持株を金一億円と毎月非常勤手当八〇万円をうくることで会社に譲渡することにしたが、会社(控訴人)にその資金がなく、本件建物を賃貸して、その保証金等の収益金をその支払に当てることにした(毎月八〇万円の手当金は一〇年間)。そして未登記の本件建物を登記してその費用約一、〇〇〇万円を負担するよりも、本件建物を賃貸してその収益金を得るまでの間、乙第四号証の方法で会社と崔、相互の保証とした。右は同号証の四枚目裏で明らかな通り崔の病床にて社員総会を開き、熟慮の末決定したものである。

(五) 控訴人が会社設立の時点で本件建物を控訴人名義に登記しなかつたことや、崔に対する保存登記の抹消登記請求訴訟を提起していないのは、控訴人会社の設立登記の時点では未だ本件建物は完成していなかつたから、崔において保存登記ができないものと考えていたためと、崔は被控訴人から詐欺罪で告訴されたため、本件建物を会社名義に登記することにより、執行免脱の再告訴を受けることを危惧したためおよび本件一連に係争に追われ、その時間的余裕すらなかつたためである。

(六) 被控訴人主張の原判決事実摘示被告の主張〔第一〕の(五)(六)の事実については、控訴人が信用組合神戸商銀から金員を借用するにつき、崔が、崔名義の保存登記は実体関係に符合せぬ無効のものであるが、迷惑をかけたくないから善解され度い旨念達し、相手方の要求のまま、白紙委任状を提出したところ、被控訴人主張のような登記がなされたので、そのことは当初崔も控訴人も知らなかつた。しかして、所有権移転請求権仮登記の原因日時が被控訴人の仮差押登記日時と同一であるのは登記手続上の便法であり、実体関係と登記を符合させる方法としては抹消登記でも、移転登記でも差支えないのであるから、これらを採り上げて主張するのはおかしい。

(七) 以上のとおり、本件建物は実質上当初から控訴人の所有である。控訴人の設立登記前は、崔が他二名と共に作つた設立者組合の代表として管理を行つたものであり、決して崔が個人で行つたものではない。設立中の会社の行為が成立後の会社に当然帰属する範囲については学説の分れるところであるが、基本的には、設立中の会社の行為により、成立後の会社に損失を与えることを防止しようとするにあり、本件においては、本件建物を成立後の会社である控訴人に帰属させることは、控訴人に損害を与えず、まさに本件建物の賃貸事業を営むため設立された控訴人会社の設立目的内の行為である。

実際上も、本件強制執行のため崔名義に職権登記がなされなければ、本件建物完成時に控訴人名義に保存登記をなしていたものであり、本件建物は、崔が設立者組合の代表者として、また設立中の会社の代表者として建築したもので、会社の目的からも、経済的利益からも、成立後の会社に帰属させることに支障はなく、当然その所有権は控訴人に帰属したものである。仮りに当然帰属が認められないとしても、控訴人は、設立後、会社に所有権を帰属させることを承諾しているのであるから、有効に所有権が帰属したものであり、強いて崔ら三名から控訴人に譲渡されたとすれば、その譲渡の日は昭和四一年六月二六日である。

二、右のとおり、本件建物が控訴人の所有者であることが明らかなのに、被控訴人がこれをあくまで崔個人の所有であると強弁して、本件強制執行を維持するのは、被控訴人に本件建物を乗取らんとする不法な意図があり、あくまでその意図を遂げようとするために他ならない。そのことは、左記(一)ないし(五)を総合すれば明らかである。

(一) 被控訴人は、自己の経営する信用組合大阪商銀、福徳相互銀行、協栄兄弟株式会社、和田良馬、和田百馬らと組んで、崔の印鑑、区長の公印、手形等を偽造して公正証書不実記載を敢えてして本件債務名義を獲得していること(この事実につき現在大阪地検へ告訴中)。

(二) さきに本件建物敷地につき福徳相互銀行の申立によりなされた競売事件につき、これを競落した朝日興業株式会社は実質上被控訴人であること。

(三) 次のとおり、被控訴人が真に執行債権の回収をのみ目的とするならば本件強制執行は不必要であること。

(1) 請求債権一億円とその利息を保証するに充分な担保合計一億四七〇万円が供託されていること

(2) 被控訴人は本件建物につきさきに強制管理を申請して、その決定を得た。被控訴人はその申請書中で「地階部分及び一階の一部を和田良馬に対し保証金六千万円賃料月額三〇万円で賃貸し、一階より七階までの爾余の部分についても不当に多額の保証金と前家賃を取つて他に賃貸せんと」云々と記載している。右強制管理の申請自体は次の諸点において申請人に好都合な虚偽に満ちたものであるが、そのようなうそ八百を申し立てて決定を取つたのであるから、これによつて満足すべきであり、その上の競売執行は全く不必要である。

(イ) 福徳相互銀行の競売申立より先になされた競売事実を秘匿している点

(ロ) 福徳相互銀行の債権が実は五〇〇万ないし六〇〇万円なのに三、〇〇〇万円としている点

(ハ) 本件建物の評価をかねた賃借人募集中と広告の事実を記述している点

(ニ) 右広告主を崔にすり替えた点

(四) 右の如く、執行債権は強制管理で満足できる筈なのに、被控訴人は、強制管理人藤倉利一をそそのかして、乙第四号証より不利な条件で協栄兄弟株式会社に賃貸せしめた。次いで右管理人は昭和四四年一一月一八日、控訴人と崔が右賃貸借に基づく協栄兄弟株式会社の占有を妨害するとして、両名に対する立入禁止、工事妨害禁止等の仮処分決定を得、その執行と称して控訴人らの本件建物に対する占有を侵奪した(右は民訴法七一二条に違反するものであり、右管理人は同年一二月二六日解任された。)。しかるに、協栄兄弟株式会社は右賃貸借に基づく賃料債務を履行せず、一方控訴人らには賃借権を主張して、控訴人の業務を妨害している。同会社は資金的に賃料支払能力がない訳ではないし、多数の偽名預金も持つていること。

(五) 藤倉賃貸借の条件が破格となつている理由として、違反建築と主張(従つて、風俗営業が不可能であるが、場所柄風俗営業以外の用途では無価値)するが、違反の事実はなく、しかもこれを理由に最低競売価額を七、〇五四万円としているが、昭和四八年度の固定資産評価額ですら四億一、七五二万円であること。

三、前掲乙第四号証が真実であるとすれば、控訴人は本件建物につき賃借権を有する。

四、本件強制執行は、保全・執行権の濫用である。

(一) 本件債務名義には、再審事由が存する。

(二) 前記二の(一)、同(三)の(2)、および前記(一)に主張のとおりの事実があり、結局被控訴人の本件建物に対する保全・執行行為は計画的な犯罪を基礎とした虚偽申請によつて、控訴人の使用収益を妨害することを目的とするものである。なお、被控訴人は裁判所の記録から証拠を抜きとり、これをすりかえる等の無法をも敢えてしている。

五、後記被控訴人の主張一の競売手続上の事実関係は認めるが、以下の理由により強制執行は終了していない。

本件強制執行の基本債権は、崔所有の土地を被控訴人に売買したところ、訴外福徳相互銀行の抵当権実行により、前記土地の譲渡が履行不能になつたため、被控訴人が崔に対し、原状回復および損害賠償として生じた一億円の請求債権であるが、右福徳相互銀行の抵当権設定登記は公印偽造等によつてなされた虚偽無効のものであり、その任意競売手続も無効であるから、右基本債権も発生しなかつたものである。(これにつき崔は福徳相互銀行に対し請求異議等損害賠償の訴訟を提起して係争中であり、また被控訴人に対しては現在再審請求中(昭和五一年(ム)第五号)であり、また此花区の土地の現有者に対しても土地返還を求める訴を提起した。)

すると、本件強制執行は終了していないというべきである。

六、仮に本件強制が終了し、従つて本訴第三者異議訴訟の却下を免れないとしても、本件建物が控訴人の所有に属したものであつた以上、本件強制執行は違法執行であることは明白であり、これによつて被控訴人は法律上の原因なくして金八二三二万七〇六〇円の不当利得をなし更に被控訴人は本件建物が控訴人の所有であることを知り乍ら故意に、若しくはこれを容易に知り得たのに過失により、執行機関を利用して、控訴人の本件建物に対する所有権を喪失せしめて、時価相当の損害を蒙らしめた。右本件建物の時価は三〇億円を下らない。

よつて、被控訴人に対し、右不当利得返還および損害賠償として、右内金九五三〇万円およびこれに対する右利得および不法行為の日以後である昭和五〇年一〇月一五日以降支払済に至るまで年五分の法定遅延損害金の支払を求める。

(被控訴人)

一、本件建物に対する執行手続は、昭和四九年一二月一二日訴外協栄兄弟株式会社がこれを競落し、同月一九日競落許可決定がなされ、昭和五〇年五月一七日確定、代金納入がなされて同年一〇月一四日右訴外人が所有権移転登記を経由して終了した。

よつて、本件強制執行手続の排除を求める本訴請求はもはや理由がない。

二、前記控訴人の主張はいずれも争う。

第三証拠関係〈略〉

理由

一本件建物に対する本件強制執行が進められ、昭和四九年一二月一二日訴外協栄兄弟株式会社が競落し、同月一九日なされた競落許可決定が昭和五〇年五月一七日確定し、競落人が代金全額を支払つて、同年一〇月六日配当期日が開かれ、同月一四日被控訴人に執行債権の配当がなされたこと、同月一四日本件建物の競落人への所有権移転登記が完了したことは当事者間に争いがない。すると、本件強制執行手続は同月一四日終了したものといわなければならない。控訴人は、本件強制執行の基礎たる債務名義に表示せられた執行債権は発生しておらないから、右事実関係の下においても本件強制執行手続は終了していない旨主張するけれども、執行債権の実体上の存否と執行手続の進行とは切離して考えなければならないから、控訴人のこの主張は理由がない。なお前記控訴人の主張の四の事実も、執行手続を終了せしめるに妨げとなるものではない。

そして、右強制手続の終了とともに、その目的物件に対する執行手続の排除を求める第三者異議の訴の利益も喪失すると解すべきであるから、控訴人の本件訴は却下を免れない。

二そこで、控訴人の予備的請求について判断する。

この請求は本件建物が控訴人の所有であつたことを前提とするものである。控訴人は、前掲事実摘示欄記載のとおり、本件強制執行の違法・不当なることを多角的に指摘し、これを証すべく多くの書証を提出している。しかし、そのような被控訴人の執行意図ないしは執行手続上の諸問題は、いずれも本件建物の所有権の帰属そのものとは直接の関係はなく、本件強制執行手続により控訴人が損害を蒙り、或いは被控訴人が控訴人との関係で不当に利得したかどうかは、専ら本件建物が控訴人の所有であつたかどうかにかかるのであるから、本件においても、端的にこの点についてのみ判断を加えることとする。

(一)  本件建物は崔名義に保存登記がなされているが、右保存登記は、被控訴人が崔に対する本件強制執行の執行債権を被保全権利とする仮差押の登記をするため、昭和四二年八月三日職権によつて記入されたものであることは当事者間に争いがない。

そこで控訴人は、右登記が被控訴人の一方的申請に基づき実体を無視してなされたと主張するのであるが、控訴人の登記簿上の設立年月日が昭和四一年八月二二日であることは控訴人の自認するところであるから、本件建物の所有権の帰属の判断については、先ずその建築物の建物としての成立時期が、右控訴人の設立年月日の前後いずれであるかが、事実関係として判断すべき第一の前提問題となるので、まずその点から判断する。

ところで、建造物が建物として成立するためには、まず屋根および周壁またはこれに類するものを有すること、すなわち外気分断性が認められること、次いで土地に定着した建物であること、更に建物の種類に応じた経済的効用ないし用途に供し得る状態にあること、すなわち用途性が認められることが必要であつて、且つそれをもつて足りるものと解すべきところ、〈証拠〉によると次の各事実が認められ、これに反する証拠はない。

(1)  本件建物の請負人から崔に対する請負代金の支払請求訴訟と、崔から右請負人に対する損害賠償請求訴訟とが、いずれも昭和三九年中に提起され、併合審理されているが、その訴訟において崔は「昭和三八年八月一五日に自ら建設機械および資材を購入し、新たに工事人夫を募つて右工事の修理および完成に着手し、第一期工事を完成し引続き三階から七階までの建築にとりかかりほぼ完成状態に至らしめた」と主張し、その本人尋問においても同旨の供述をし、同訴訟の第一審判決でも「被告(崔)はその後、自ら極東建設株式会社の名で人を募集し、機械類を購入して右瑕疵の手当をするとともに、さらにその上に地上三階から七階までを建築して鉄筋コンクリート造七階建ビルを完成し、貸ビルとして所有収益をあげるに至つた」旨認定されていること。

(2)  本件建物の建築確認申請は昭和三九年三月一〇日着工、昭和三九年一二月末日完成で受理されていること。

(3)  遅くとも昭和四〇年四月頃までには多くの造作、電気工事等なども完了していること。

以上の事実が認められるうえに、原審における控訴人代表者本人尋問の結果中にも「昭和三九年頃着工し、昭和四〇年頃貸店舗として他へ貸すようになつた」旨の供述が存するのであつて、これらによると、本件建物は、昭和四〇年四月頃までに、七階建に貸ビルとして、各階に通ずる階段が設けられ、人が内部に常時出入できる程度の規模にまで工事が完成するなどいわゆる貸ビルとしての目的に応じた最低の経済的効用をはたしうる程度に工事が進んでいて、前記建物として成立していたことが窺われる。

控訴人は、本件建物の成立時期が昭和四四年一一月以降である旨主張し、当審における控訴人代表者本人尋問の結果中にはこれに副う部分も存するが、右は前掲原審における同人の本人尋問の結果に照らしたやすく措信し難く(なお前掲控訴人の当審主張の一の(三)における右原審本人尋問の結果に関する陳述も、前認定の事実に照らしたやすく採用し難い。)、そこに援用の甲第一四六号証および同第二〇二号証は内部造作の一部についてのことであり、同第五三、第五四、第一四五号証には建築時期に関しては触れるところはないので、いずれも控訴人援用の趣旨に採用することはできない。甲第三二、第三三および第一三八号証によると、昭和四二年八月頃には未だ冷暖房設備の完成がなかつたことが、同第五九号証によるとエレベーターの設備の完成が昭和四一年一一月であることが窺われるが、七階建のいわゆる貸ビルの建築において、屋根および周壁またはこれに類するものが、土地に定着して備わり、各階に通ずる階段が設けられ、人が内部に常時出入できる程度の規模にまで工事が完成するなど、貸ビル用建物としての目的に応じた最低の経済的効用をはたしうる程度に工事が進んだ場合には、たとえ、エレベーターまたは冷暖房の設備工事が未完成であつても、建物としての成立が妨げられないと解するのが相当である。

(二)  以上要するに、「本件建物の成立が控訴人の設立登記よりも後である」との事実は、控訴人の全立証によつてもこれを認めることを得ない(右建物成立時期が控訴人の設立登記の日より後であることは、控訴人への所有権帰属を証する一の積極的証憑事実となるから、その点の立証責任は控訴人が負担すべきものと解する)ので、控訴人の主張のうち、まずその事実を前提に、控訴人が原始的に本件建物の所有権を取得したとする部分は失当として採用できない。

(三)  ところで、控訴人は、右建物の完成が、控訴人の設立登記以前であつても、なお、その所有権は控訴人に帰属すると主張し、その主張は要するに、(1)控訴人は、その登記の日時如何に拘らず、事実上極東ビル株式会社として法人たる実体を備えて存立し、社会的に行動していたから、本件建物の所有権は、その事実上の法人である控訴人に原始的に帰属した、(2)本件建物は、崔が設立組合の代表者として成立後の会社に帰属させる目的で、右法人の設立目的に副う出資金により建設した建物であるから、法人(控訴人)設立と同時に当然これにその所有権が帰属した、(3)仮に然らずとも、設立と同時に、若しくは昭和四一年六月二六日にその譲渡を受けたというものであるが、右(1)の主張は、法人の設立登記以前に実体上の法人の成立を認めることを前提とするものであつて、有限会社法四条が準用する商法五七条に反する独自の見解として採り得ないものであるから、その事実関係を審究するまでもなく、失当として排斥を免れず、(2)の主張も控訴人は有限会社であるから、そのようにして特定の不動産が帰属するのは、現物出資又は財産引受によらねばならないところ、これも定款をもつて立証されない(法七条)ので、その主張も採用の限りでない。

(3)の点については、その譲渡の日を昭和四一年六月二六日と主張するのでは、控訴人の成立前の日であるから既に失当たるを免れないが、控訴人が提出した書証のうち前掲甲号各証の本件建物の工事代金等についての請求等において、その宛名人が極東ビル株式会社又は東洋観光ビル株式会社とされているものも多数散見し、これらを右控訴人の主張ならびに当審における控訴人代表者本人尋問の結果に照らすと、崔が将来法人を設立し、その法人の所有とする計画で本件ビルを建築し、ために早くから未登記の法人名で取引をして、その実績を重ねようとしていたことは窺われないでもなく、それから推すと法人成立後は、逸早く本件建物をこれに譲渡する意思があり、譲渡も行われたと考えることも、他に見るべき反証のない場合には強ち不自然ではない。

しかし、控訴人は、その設立から前記本件建物の仮差押まで約一年の間があるにも拘らず、本件建物の取得をその登記簿上に顕現しようともしなかつたばかりか、いずれも公文書であるから真正に成立したと認める乙第四ないし第八号証および弁論の全趣旨により成立の認められる乙第九号証によると、被控訴人の原審における主張(原判決事実摘示被告の主張の〔第一〕の(三)ないし(八))のとおりの事実が認められ、それらの事実によると、本件建物はかえつて終始崔の所有であつて、その譲渡は未だなされていないことが窺えるのであつて、この点に徴すれば、控訴人がその設立と同時に本件建物を譲受けたとの事実はこれをたやすく認め難く、前掲控訴人代表者本人尋問の結果中、これに副う部分はにわかに措信できない。なお控訴人の当審主張一の(四)ないし(六)につき付言するに、その主張(四)のよう乙第四号証が通謀虚偽表示であるのなら、かえつてその外観を信じて仮差押に及んだ被控訴人に対しては登記なくしては対抗できないこととなるし、(五)の主張も前記のとおり建物は完成していたのであるから、仮差押を受けるまで一年も保存登記を放置していたことの弁解としては納得し難く、(六)の主張も金融機関がそのような申入に応じ登記と実体関係の不一致のまま融資をするとにわかに理解し難く(前掲控訴人代表者本人尋問の結果中、主張と同旨の供述部分も同様の理由によりにわかに措信し難い)、結局いずれも採用し難い。

(四)  なお、弁論の全趣旨によれば本件強制執行手続および本訴の提起された経過は被控訴人の原審における主張(原判決事実摘示被告の主張の〔第三〕)のとおりであることが窺われる。してみると、前掲控訴人の当審主張二ないし四に照らし、崔が執行債務者の立場から本件強制執行の排除に努め、その主張する執行債権不存在の問題をまず解決しようとしたことは強ち理解できないでもないが、何といつても本件建物に対する強制執行が控訴人主張のように、控訴人の死活に係ることであるならば、控訴人の立場からは、いち早く本訴を、すでに仮差押を受けた段階で提訴してこれを排除しようと図るのが自然であり、且つ最も早道であるのに、事その途を選ばず、強制執行の最終段階を迎えてはじめて本訴の提起に及んだ点においても、控訴人の本件における本件建物の所有権に関する主張をたやすく採用し難いものがある。

以上の次第であつて、本件建物に対する前記被控訴人の仮差押登記以前に本件建物の所有権が控訴人に帰属したとの事実はこれを認め得ない(仮差押登記以後の権利変動が被控訴人に対抗できないことはいう迄もない。)ので、本件建物の所有権が控訴人に帰属していたことを前提とする控訴人の予備的請求は、その余の点を判断する迄もなく、失当として排斥を免れない。

三すると、控訴人の本件第三者異議の訴につき本案に立ち入つて判断した原判決は不当となつたので民訴法三八六条に従いこれを取消して右訴を却下し、控訴人の予備的請求はこれを棄却すべきものとして、訴訟費用につき同法九六条、九四条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(本井巽 坂上弘 潮久郎)

物件目録

大阪市南区笠屋町三六番地甲、三六番地乙所在

家屋番号 同町三六番の一

鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階

付七階建店舗兼事務所

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